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失われたもの

日本は戦後急速な発展を遂げ、経済では一流と称されるようになった。
しかし、発展を急いだために、見逃してきた問題も数多くある。

社会を取り巻く、全ての問題を解決するのは難しい。
でも、そんな事は理解している。

社会の中で、全ての人達が豊かになったとは言えない。
 私達は、生活が豊か過ぎて失ってしまった事が多くある。

 傲慢や不遜を身にまとい世の中を変えてゆく。
生活が豊か過ぎて、子供の頃から親が子に対し我慢をさせない。

何でも手に入る。 ご飯は、水と米を入れておけば電気釜が炊いてくれる。
ご飯のおかずも、電子レンジでチンすれば終わり。

これは一見、便利な事と一言で片付けられてしまうが、ここが問題だ。
当たり前ではなかった事が、当たり前になった事を。

これは錯覚だ。ご飯を作るには、手間がかかる。
米を研ぐ事は面倒だ。水も冷たい。

料理をする時には、包丁で指を切ってしまう事もあるだろう。
おかずは、何にしようかしら。

自然と野菜や肉や魚などから料理を作る。 手間がかかる。
洗濯にしても、洗濯機が無い時代、多くの女性達は洗濯板でゴシゴシと大変なおもいで洗濯をした。

水は冷たい。手が荒れる。あか切れも。
何をするにも手間がかかった。

子供が産まれ、育てていくのも同じだ。
オムツは手作りそして、手洗い。

服も作った。継ぎあては、年がら年中だ。
手間をかけ育てた。

昔の子供は、ほったらかしで育ったと言うけれど違う。
親は子供に対し、うるさいぐらいに社会のルールを教え込んだ。

口うるさい親が多かった。これも手間だ。
そういう大人達が多くいた。

常に周囲の大人達が、子供に目を向けていた。
今の子供は手がかからない。

ただ、お金がかかるだけだ。
テレビにゲーム機、学習塾が子守り役なのだから。

昔に育てられた多くの子供は、みんな素直だった。それに、親思い。

常に、お父さんやお母さんの背中を見て育った。
時代がゆるやかに進んでいたので、道を歩いては小さな花や草木に目が向いた。

女の子はレンゲの花で冠を作り、男の子は草笛を吹いたり、イネ科の植物などで葉っぱを飛ばした。
今のように娯楽が無かったので、自然の中に遊びを見い出した。

自然が楽しい遊び場になっていた。
その自然の中で知識が身に付き、生きる糧を得、そして前進した。 これは道だ。

日本人は、常に道を求め生きてきたのだ。
例えて言うなら、書道、華道、茶道、剣道や柔道、弓道もある。

そして日本の代名詞、武士道などだ。
アントニオ猪木も言っていた。この道を行けば分かるさと

勤勉と実直、ひた向きで謙虚。
日本人で良かったと思うのは、私だけであろうか。

良寛さんだったと思う。
こんな句を詠んでいた。

「形見とて何か残さん春は花、夏ホトトギス秋はもみじ葉」だったと思う
良寛さんは、これが私の形見だと言ったのだ。

私利私欲は無く、汚れた心など一切も無い。
そんな僧侶だったから、こんな句を詠えたのかも知れない。

けれど、常に自然と向き合って来なければ、こんな優美な言葉の数々は出てこない。
四季の移り変わりを友として来たからこそ、こんな素晴らしい言葉が出て来るのだ。

現代で、このような美しい言葉は、なかなか出ない。
家の周りや公園、どこの道端を歩いても空き缶やペットボトル、スナック菓子などのゴミがよく目立つ。

そんな状態の中で、自然を優美に詠えるだろうか。
「ゴミの山、今日もお散歩嬉しいな」こんな言葉では、人の心は動かない。優美などとは程遠い。

時代が進むにつれ、目を向ける方向を間違って来たので、自然が破壊されても多くの人は、何も感じなくなってしまった。これは全て道に通じる。

日本にある様々な道は,悟りを開く端緒とする心がけが大切なのだ。これはしつけだ。しつけも、これ道である。

子供のわがままや、大人のわがまま。人々の傲慢さなど、しつけという道を忘れてしまった累代が、代々受け継がれ、悪しき産物となってしまった。


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