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山を守るという事は・・・

その昔、多くの山には山火事を防ぐための防火帯(防火線とも呼ぶ)があった。
山の頂上までに一定の幅で植林をやめて、間隔を開けるというものだ。

しかし、今はあまり無い。よほど手入れをされている山ぐらいしか行っていない。
手間がかかるからだ。これは山火事になった時に延焼を防ぐための工夫だ。

山麓から頂上付近まで、数本の帯状の空白空間を作っておくのだ。
それは山の形状や地形によって異なる作りになる。これらの準備が山火事の延焼を最小限に抑えた。

昔、サルやクマ、イノシシ、シカなどの動物は人があまり見る事がなかった。
七、八十年前の山々は豊かな森が広がり、その中に多くの生き物が暮らしていた。

オオカミはいなかっただろうが、自然淘汰は矛盾なく行われていた。
それぞれの動物が増えては減り、減っては増えるを繰り返し自然の中で生死の営みが平然とあった。

人はむやみに森を侵さず、動物達も人の生活を侵すことは滅多になかった。
人が山に入るのは、山師か炭焼人、猟師ぐらいの限られた者だけだった。

山に人が入れば、動物達は怖くて山奥に逃げる。もともと動物達は臆病なのだ。
また、人も動物達が怖い。お互いに怖い存在だから、人も動物も一定の距離を保っていた。

この事が、先程の山火事延焼防止の防火帯に繋がる。
昔、人々の生活に欠かせない薪、これは山にしかない。

一年中、山の麓までは人の姿があった。これが防火帯になっていたのだ。
人の姿を見れば、動物達は山奥に逃げて行く。更に入れば、もっと奥に動物達は逃げていく。

現在、全国で害獣と呼ばれ駆除されている動物達、ただ人間の都合だけで追い込まれてしまった。
昔のように動物と人間が共存できる日はもうやって来ないのだろうか?

山を守るという事は動物を守るという事。動物を守るという事は人間を守るという事。
宇宙にだって行ける世の中で、ただ動物達を害獣として殺すだけの解決法で良いのだろうか?

こんなにも人間は愚かな生き物になり下がったとは、やっぱり人間は神様の愚作の象徴なのかも知れません 。もう一度、みんなで一緒に考えてくれませんか?共存共栄の道を。心からお願い致します。


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