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火事じゃないですからスルメですから


 二十八歳の春、一人暮らしを始めた。
三階建ての賃貸マンションだ。

自営で内装業をしていた。
自営は気楽でいいが、サラリーマンの三倍は稼がなければ、生活は厳しい。
すべて自分の責任において、仕事は成り立っている。

部屋は三DKで一人では贅沢だったが、この部屋の内装は自分で行い、愛着が湧いたのだろう。
ここに住もうと決意した。

新築だったので、この建物の入居は俺が第一号だった。
家具家電などは、当初何も無かった。

とりあえず八畳間にテントを張った。
これさえあれば、こっちのもんだ。

テントは最高の安らぎの器具だ。
十五戸あった部屋は、三か月でいっぱいになった。

それと共に部屋の中にもテレビや家具などが揃っていった。
住み始めた頃はほぼ、コンビニ弁当か店屋物を頼んでいた。

やはり、一人者にとっては、大助かりの選択項目だ。
料理を作り始めたのは、半年経った頃からだろうか。

家電の中でも、一番最初に買ったのが電子レンジだ。
これは便利な器具だ。冷たい物を、あっという間に温めてくれる。

それに、フニャフニャのフライドポテトも、カリッとしてくれる。
俺はこれが大好きだ。

コンビニで弁当を買っても、家で一度もチンしたことはない。
勿論、店でも一度もチンはしない。

弁当は、温めなくても俺は何ともない。冷たくたって大丈夫。
腹に入ればみな同じだ。

チンするのは、冷凍食品とフライドポテトだけ。
それ以外の使用は、した事が無い。

冷凍食品も、チキンバーとチャーハンだけ。これにフライドポテトの三品だけが対象だ。
しかしある夏の夜、守り続けた三品以外のものを入れてしまった。
これがあわや、大惨事を起こす原因となる。

この日は、数日前からの夏休みで、のんびりと一日を過ごしていた。
休みになる前日に、現場で知り合った友人に、それは貰った物だった。

その物とは、スルメだ。干してカチカチになった極めて大きなスルメだった。
夜九時の映画に合わせ風呂にも入り、缶ビールにチキンバー、フライドポテトをチンして用意した。

一番奥のテレビのある部屋で、映画鑑賞は始まった。
久しぶりの優雅でのどかな一時(ひととき)に、ついつい酒も進み、
それと共につまみも消えていった。映画は、まだこれからが見どころだ。

コマーシャルに合わせ、台所に行った。目に付いたのは、白いビニール袋だった。
あのスルメの入っている袋だ。二枚あるうちの一枚を取り、かじってみた。

「何んだよコレ!」なかなか歯が立たない。即、思いついた。これはチンだと。
頭と胴体、足を分割して皿に盛り、レンジに入れた。

そしてスイッチを押して、冷蔵庫から缶ビールを取り、部屋に戻った。
暑かったので、部屋続きのドアは、すべて開けてある。

そう、どのくらい経った時だろうか、
映画に夢中になっていて、スルメのことなど全く忘れていた。ふと気付いた。

部屋が臭い。そして、煙たい。
俺は慌てて台所に行った。台所は一つ部屋を置いて二つ目の位置だ。驚いた。

視界が悪い、霧がたち込めている。この臭さ。レンジのスルメだ。
レンジの扉を開けた。更に煙が広がった。

二年前に友人と二人で、福島県と山形県にまたがる、吾妻山へ登った。
その時、山頂で霧にまかれ遭難しかかった。
それ以来の視界不良だ。

皿のスルメは、スルメではなかった。真っ黒いタール状に変化していた。
台所の視界は、多分一メートルも無かったと思う。大袈裟では無い。本当だ。

緑色の冷蔵庫が白煙で、薄く見えるほどだった。
直ぐに台所の窓を開け、換気扇を回した。空気もどこか薄い。

スルメでありスルメじゃないこの匂いに、殺られる思いだった。
部屋中の、窓という窓はすべて開けた。煙はなかなか外に出ない。

あまりの苦しさに、台所の窓から大きく身体(からだ)を外に投げた。その時だ。
下を見たら二人のおばさんと目が合った。

「大丈夫、今、消防車呼んであげるから!ダメよ!飛び降りたら!」

嫌な展開が予測出来た。ここからは、一言一句、ほぼ正確な言葉のやり取りです。

「違うんです。違うんです。火事じゃないですから」
「慌てなくていいから、今ね消防呼んであげるから」

「違うんです、スルメなんですスルメ」
「はっ、ハシゴ。ハシゴなんてないわ、どうしよう」

もう一人のおばさんが、隣の人家に走って行った。
もう終わりだ。絶対に赤い車がいっぱいやって来る。もう一度、試みた。

「チ・ガ・ウ・ン・デ・スよー! おばさーん、火事じゃなくてスルメなんです。スルメー!」

もう一人のおばさんが、隣のおじさんを連れて来た。

「オイ、大丈夫か。今、上に行くから、玄関開いてんのか!」
「イヤイヤ、違うってば、違うって」

三人はもはや、今起きていることを冷静に、判断できる能力を持っていない。
どうしても火事に持っていきたい様子だ。

「もの凄い煙りじゃない、まだ燃えているんでしょ」
「違うんです、スルメを焼いていたんです。スルメー」

俺はまだ一枚あるスルメを思い出し、スルメを取って、大騒ぎしている三人に見せてやった。

「ほら、スルメです。スルメを焼いていたら煙が出ちゃったんです」
「スルメが火事の原因か! 早く部屋を出た方がいいぞ!」

火事じゃないって言ってんだろう。もう覚悟した。その時だ。
マンションの並びにある、飲み屋のおやじさんが、騒ぎを聞いたのだろう姿を見せた。
上を見上げ言った。

「なんだ、上善さんか?」

助かった。この人は、冷静に物事を見る目を持っている。スルメも昨日五枚やった。
大声で、事の起こりを説明した。

「レンジにスルメを入れたら、黒くなって煙が発生した」と。
「分かった」

おやじさんが、どうでも火事にしたい三人に、説明してくれた。

「本当に大丈夫なの?」

三人は上を見上げ、残念そうな顔で帰っていった。
確かに夜空に広がる煙には、もの凄いものがあった。

百人見たら九十九人が火事だと間違える煙の量だ。
スルメをハシゴと理解するおばさんの耳も凄いけど、スルメがあんなに煙を放ち、
無惨な姿になってしまうとは、もっと驚いた。

部屋は一週間以上に渡り、臭い匂いが抜けなかった。
だから言ったんだ。

「火事じゃないですから、スルメですから」って。

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